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神戸地方裁判所 昭和61年(ワ)509号 判決 1987年5月28日

原告

松田富雄

松田高明

松田敏弘

松田由美子

松田弘之

松田知之

右松田弘之、松田知之法定代理人親権者父

松田敏弘

同母

松田由美子

右原告ら六名訴訟代理人弁護士

宮崎定邦

木村治子

被告

興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

穂苅實

右被告訴訟代理人弁護士

芦刈直巳

芦刈伸幸

星川勇二

仁平信哉

主文

一  原告らの主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告らから金七五〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告らに対し、別紙物件目録(三)記載の建物を収去して別紙物件目録(一)(二)記載の各土地を明け渡し、且つ昭和六〇年四月一日以降右明渡し済みに至るまで年金六七万三五一二円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告らにおいて、金五〇〇万円の担保を供したときは主文第二項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

被告は、原告らに対して、別紙物件目録(三)記載の建物を収去して別紙物件目録(一)(二)記載の各土地を明け渡し、かつ昭和六〇年四月一日以降右明渡し済に至るまで年金六七万三五一二円の割合による金員を支払え。

2  (予備的)

主文第二項と同じ

3  (両請求に共通)

(一) 主文第三項と同旨

(二) 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  (主位的請求)

1  請求原因

(一) 昭和四〇年四月一日、訴外松田ふさ(以下「ふさ」ともいう。)は、被告に対し、賃貸期間二〇年の約定で、普通建物所有を目的として、別紙物件目録(一)(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸した。

(二) 被告は、本件土地上に別紙物件目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、よつて本件土地を占有している。

(三) 右ふさは、昭和五九年八月一〇日死亡し、その後本件土地は相続・売買・贈与により、現在次のとおりの持分による共有となつており、同時に賃貸人の地位も同様の割合で承継している。

(1) 別紙物件目録(一)の土地

原告富雄(以下「富雄」という。以下同様。)一〇分の二

同 高明・一〇分の二

同 敏弘・一〇分の三

同 由美子・一〇分の一

同 弘之・一〇分の一

同 知之・一〇分の一

(2) 別紙物件目録(二)の土地

原告高明・一〇分の八

同 敏弘・一〇分の二

(四) ところで、本件賃貸借の約定の期限である昭和六〇年三月三一日が経過したので、本件賃貸借は終了した。

よつて、原告らは、被告に対し、本件賃貸借契約終了による返還請求権に基づき本件建物を収去して本件土地を明け渡し、且つ昭和六〇年四月一日以降明渡し済みに至るまで年金六七万二五三一円の割合による賃料相当額の遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。但し、同契約は従前の更新契約である。

(二) 請求原因(二)、(三)の事実は認める。

3  抗弁

(一) 被告は、原告らに対して、昭和六〇年一月八日付けで本件賃貸借契約の更新を請求したし、また、昭和六〇年四月一日以降も本件建物を所有して本件土地の使用を継続しているので、本件賃貸借はその期間満了と同時に当然に法定更新されている。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)のうち、被告主張の更新請求と本件建物の所有による本件土地の使用継続の事実は認め、その余の点は否認又は争う。

5  再抗弁

(一) 原告らは、被告の更新請求に対し、自己使用の必要を理由に遅滞なく異議を述べた。

(二) 原告らの更新拒絶の理由としての正当事由の詳細は次のとおりである。

(1) 原告ら側の事情

ア 本件土地の前所有者であつた原告富雄の妻ふさは昭和五九年八月一〇日死亡したが、同人は昭和五六年四月に癌の手術を受けたうえ以前から健康を害していたため、原告富雄は妻ふさと共に早くから長男夫婦との同居を強く希望していたし、また、その必要性も強かつた。そのために、原告高明も当時から三菱商事株式会社大阪支社への転勤を希望してきたものであり、その実現は遅れたもののようやく昭和六一年七月大阪支社へ転勤したのである。従つて、原告高明自身が本件土地上に住宅用の建物を建築して使用する必要があるうえ、右に述べたとおり、松田ふさは死亡したが、原告富雄は現在高齢で健康状態も悪く、しかも妻ふさを失い一層同居の必要性が高まつているので、原告富雄も右同居という関係を通じて本件土地を住居用地として使用する必要性が高まつた。

イ 原告富雄はその肩書地に建物を所有して居住しているが、建坪二〇坪足らずの手狭なうえに南側に住宅が隣接しているために陽当たりがわるくて居住環境としては良好とはいえず、同建物で原告高明の家族と共に同居することは無理である。そして、右同居を実現するためには、この建物を右同居用に建替えるか増築するかせざるをえないが、これは建ぺい率の関係から不可能であるだけでなく、居住環境としても相応しい場所ではない。

ウ 原告らは他に土地を所有してはいるが、いずれも同居建物の建築敷地とはなりえないものである。即ち、本件土地以外の約五〇坪の所有土地上に家屋を二軒建築所有し、その一軒に現在原告高明とその家族が居住しているが、もともとこれらは相続税(延納は認められているもののその利子税が高額であるため、早急に納入することが必要であり、芦屋税務署においてもこれを望んでいる)を支払うため建売住宅として有利に処分するために建築されたもので、本件土地に原告富雄・原告高明とその妻が建物を建築して移転すれば直ちに他に処分する予定になつているものである。しかもこれらの家屋は手狭で原告富雄・原告高明とその妻が同居するに相応しいものではない。その他の所有土地も全て他に賃貸されており原告らにおいて現実に利用できる土地は存在しない。

以上のような事情は、結局、原告ら全員についての正当事由といわざるをえない。

(2) 被告側の事情

ア 被告は当初は本件土地上に本件建物を所有し従業員の独身寮として使用していたのであり、本件賃借権もそのためのものであるが、昭和五三年からは尼崎市内に独身寮を増築して独身従業員をこれに収容することとなつたので本件建物を本来の目的に従つて利用する必要がなくなり、従つて、本来の本件賃借目的からするとその必要もなくなつたものといわざるをえない。

そこで、被告は本件建物を建替えて本来の賃借目的とは別の用途に利用したい旨原告に申し入れたが、原告ら側ではすでに本件土地の自己使用の必要があつたので被告の右申し出を拒絶したものである。

イ 被告はその後やむなく本件建物を支社長用社宅として利用しているのであるが、支社長用社宅にしたといつてもなにも本件建物が被告の営業に必要不可欠なものとはいえない。被告には神戸だけで一〇人位の支社長がおり、本件建物以外は被告の借り上げ社宅に居住しており、たまたま本件建物が被告の所有の建物であつたから自社社宅として利用していたにすぎず、本件建物を所有使用するために本件土地を賃借使用する必要性は極めて低いものといわざるをえない。

現に、本件建物は被告の営業用又は支社長の社宅に使用されているというよりは、本件建物に居住している者が子弟の教育を考えて本件建物に居住継続を希望しているにすぎない。

ウ しかも、被告は大企業者でその巨大な経済力からすると借り上げ社宅を取得するのに困難を感じないものである。

エ 被告の営業上の営利性を考慮してもその投下資本の回収が満されば足りる立場である。かかる観点からすると、被告は、すでに三〇年近く本件土地と同地上の建物を利用し、しかも本件建物の経済的残存耐用年数も残り約五年間ほどであるから、被告は十分に投下資本を回収し営利をあげたものといえる。

以上のような原告らの本件土地自己使用の必要性と被告の自己使用の必要性とを比較検討すれば、原告らの本件土地使用の必要性の方がより切実であることが明らかであり、原告らの更新拒絶には正当事由があるものといわざるをえない。

6  再抗弁に対する認否

(一) 再抗弁(一)の事実については、更新拒絶の申し出があつたことは認める、その際、期間満了とか本件建物の耐用年数が残り少ないことは述べていたが、本件土地の自己使用の必要性など正当事由の存在については何ら述べていなかつた。それは、原告らには自己使用の必要性がなかつたため主張できなかつたのである。

(二) 再抗弁(二)の事実については左記理由により強く争う。

原告らは縷々述べて正当事由(自己使用の必要)の存在を強調するが、原告らの主張は、要するに、原告富雄が高齢で同高明の家族と同居する必要があり、そのためには本件土地の明渡しを得て両家族が同居し得る建物を建築する必要があることに尽きるものと思われる。しかしながら、以下に検討するとおり、そもそも原告ら主張の同居の必要があるとはいえないし、仮に同居の必要があるとしても、同居のための居宅を確保する方法は他にもいくらでもあり、わざわざ被告に対し本件土地の明渡しを求めて本件土地上に同居用の建物を建築しなければならない必要は毫も存しない。従つて、原告らが右のように自己使用の必要等を主張するのは、本件土地の明渡しを求める単なる方便にすぎないことは明白であるから、原告らの本訴請求には何らの理由もないものといわざるをえない。

ア まず、原告ら主張の同居の必要性は存在しない。なぜなら、現在原告高明夫婦は原告富雄宅から徒歩で数分の場所に居住し、原告富雄の食事その他の日常生活の世話一切をしているが(この関係は、むしろ積極的に快適な生活環境とも評価し得る)、本法廷における証言態度等から見た原告富雄は高齢にもかかわらず大変健康で現在の生活方法に格別の問題は存しないことが窺える。

更に、原告ら主張の切実な同居の必要性があれば、原告らにおいては何を措いても同居を実現しようと真剣な努力をした筈であり、また、それは可能でもあつたのである。それにもかかわらず原告らが同居のための方途を何ら講じなかつたのは正にその必要性が存しなかつたことの何よりの証左である。

イ 次に、仮に同居の必要があつたとしても、本件土地上に同居用の建物を建築しなければならない必要性は全く存しない。

まず、原告富雄宅での同居が十分に可能である。原告富雄宅は二〇坪足らずとのことであるが、それだけの広さがあれば原告富雄と原告高明夫婦の三人家族が居宅用に使用するのには十分に余裕があるとはいえないまでも、生活に必要な広さは備わつているというべきである。しかも、仮に右広さが不足するというのであれば、建て増しをするなり・離れを作るなり・更には二階を上げることも容易である。これらの増改築では気がすまないというのなら原告富雄宅を取り毀して同居用の建物を新築することも可能である。

従つて、同居用建物を本件土地上に新築しなくても他にいくらでも容易に確保できるのである。

第二に、原告らは一〇〇〇坪もの土地を所有する大地主である。自宅の敷地部分、本件土地、更に相続説の支払いのために処分予定の土地を除いても七〇〇坪以上もの土地を所有している。その全部が更地でないにしても建築可能地は他にも十分にある筈である。何にも本件土地のみに固執する必要はない。

第三に、原告富雄の自己に隣接している貸家の明渡しを求め、同貸家に原告高明夫婦が居住して原告富雄の世話をすることも可能である。

以上のとおり、原告らにはその主張の同居のための居宅は現に存在するか、あるいは容易に確保できる条件が備わつているのである。なお、原告らは、恰も本件土地の代替地を探し得ないような小市民であるかの如き主張をしているが、前述のとおり、事実むしろ経済的強者といつてもよいくらいなのである。従つて、被告が大企業であつて他に代替地を取得するのに困難を感じないが、それに比較して原告らはその確保が困難であるとの主張は明らかに事実に相違するものである。

これに対し、被告側の事情としては、本件建物は元々独身寮として使用していたが、その後他の独身寮を以つて代替し、現在は独身寮として使用していないことは事実であるが、だからと言つて本件土地を利用する必要がなくなつたとはいえない。本件建物は現に支社長社宅としてこれを使用しているし、許されるならば本件土地を更に有効に使用したいというのが被告の希望であり、この事は、原告らにも伝達ずみである(本件土地に係る賃借権は、被告の重要な資産であり、被告が最も有効な使用を希望するのは当然のことである)。

以上のとおりであつて、原告らの更新拒絶には正当事由はないものといわざるをえない。

二  予備的請求関係

1  原告らの再抗弁(二)の事実中原告ら側の事情に左記の事実を付加する他は、原告らと被告の双方とも主位的請求と同じである。即ち、原告らは、本件土地明渡しに際し、被告から受領した賃料総額に相当する金七五〇万円を立退料として支払う。

2  被告の答弁

原告らが本件土地明渡しに際し金七五〇万円を提供したとしても、原告ら主張の正当事由が補完されるものではない。正当事由はもともと金銭により補完されるべきものではないのである。

第三  証拠<省略>

理由

一1  請求原因(一)の事実について判断すると、<証拠>を総合すると、本件賃貸借契約は、当初の昭和一九年には訴外松田ふさと訴外福岡勝郎との間に締結されたものであるが、その後の昭和三三年には右ふさの承諾の下に右福岡勝郎から被告に借地権の譲渡がなされ、昭和三九年三月三一日の期間満了の際には、右ふさと被告との間で合意による更新がなされたものであることが認められ、その他の事実については当事者間に争いがない。

2  請求原因(二)、(三)の事実については当事者間に争いがない。

3  請求原因(四)のうち、昭和六〇年三月三一日が経過したことは、顕著な事実である。

二そこで、抗弁についてみるに、抗弁(一)の事実については当事者間に争いがない。

三次に、再抗弁について検討する。

1  再抗弁(一)事実については、<証拠>を総合すれば、原告らは、被告に対し昭和五三年八月頃から本件土地について賃貸期間満了後の昭和六〇年四月一日以降は本件賃貸借契約を更新しない旨更新拒絶の意思を再三表示して来たこと、同意思は被告から本件賃貸借契約の更新請求がされた昭和六〇年一月以降も再度表示されたことが認められるから、再抗弁(一)の更新拒絶の異議が述べられたことは、これを認めることができる。

もつとも、被告は、更新拒絶の異議を述べるには、自己使用等の正当事由をも合わせ主張しなければならないところ、原告らが更新拒絶の理由としての自己使用の必要性を主張したことがないので更新拒絶の異議は無効であると主張するが、<証拠>によると、原告らは被告に対し期間満了の後は自己で使用したい旨主張していたことが認められる。

ところで、更新拒絶には正当事由が必要とされるのは、借地人保護の見地から貸地人の更新拒絶権の行使を制限する趣旨であるから、更新拒絶にあたつては貸地人が更新拒絶をするに足りる正当事由を具備しているか否かのみを問題とすれば足り、それ以上に被告主張のようにその内容までを主張する必要はないものと解すべきところ、本件事案においては原告らが単に更新拒絶の異議を述べたのみではなく、その際さらに進んで自己使用の必要性をも一応主張しているものと解されるから、これが更新拒絶の異議としては有効なものと解され、被告のこの点に関する主張は理由がないものといわざるをえない。

2  再抗弁(二)の事実については、<証拠>を総合すると次のような事実が認定・判断される(なお、同認定を左右するに足りる証拠はない)。

原告高明は三菱商事株式会社に勤務しているが、高令の両親である訴外松田ふさ、原告富雄の面倒をみる者が他にいない(次男の原告敏弘も会社勤務の関係上みれない)ので、長男として同富雄らとの同居を昭和五三年頃から強く望んで関西方面への転勤を希望し、他方、両親の原告富雄らもそれを待ち望んでいたところ、原告高明は右ふさが昭和五九年八月一〇日に死亡した後の昭和六一年七月から勤務先の大阪支社へ転勤でき現在の住居地に居住するに至つた。右ふさの死亡後は高令の原告富雄は一人暮しとなつたことに加えて、現在八二歳という高令で更に老人性白内障、網膜動脈硬化症(いずれも両眼)を患い一人で生活するには不自由な状態にあり、これ以上の一人暮しは難かしく、早急に長男の原告高明夫妻と同居するか、又は原告高明夫妻が近くに居住して世話をする必要がある。しかしながら、原告高明及び同富雄は同高明宅又は同富雄宅はいずれも同居生活を送るには間取り・広さ・環境等が必ずしも十分ではなく、現在の状態では快適な同居生活が難かしいと述べている。

因みに、原告富雄の居宅は平家建家屋の建坪約五六平方メートル位で、その間取りは客間(七帖)、居間(六帖)、物入(四・五帖)、台所兼食堂(四・五帖)であり、また、原告高明の居宅もほぼ同様の広さ・間取りであつて、原告富雄と原告高明夫妻らが同居するには十分な広さとはいえないものである。もつとも、原告高明と原告富雄とは現在のところ距離的には徒歩で七〜八分位のところに居住しているのでその往来は比較的容易であり現状のままでも特段の不便・支障までは来たしていないし、原告高明らも原告富雄との同居のために特別の方策を講じたこともないこと、原告高明宅あるいは原告富雄宅のいずれかを同居用に増改築することも容易であること、原告らは同一敷地内で原告富雄宅に隣接して貸家を一軒所有しているので原告高明夫婦が同家屋に居住して原告富雄の面倒を見ることもできること、更に原告らは更地ばかりではないが他に一〇〇〇坪ほどの土地を所有しているので、原告高明と原告富雄が同居するためには、わざわざ本件建物を収去して、本件土地の明渡しを求めその跡地に同居用の家屋を新築する必要までは存しないのではないかと原告富雄の年令をも考えると、その実現性について疑念もあるが、その一方では増改築等は建ぺい率の制限を受けること、他の方法による生活環境は本件土地ほど良好とはいえないこと、原告富雄宅に隣接する家屋は賃貸しているので本件と同様の問題があること、原告らは多額の相続税を負担しておりその支払のためには他の土地・家屋等の不動産を売却せざるを得ない切迫した事情も存在すること等からすると、右のような本件土地使用の必要性を減殺する諸事情、とりわけお互いに多少の生活上の不便・生活環境上の不満等を忍受すれば本件土地を必要としなくても同居生活又はそれと同様の生活は可能ではあるが、それがためにただちに本件土地使用の必要性が存在しないと判断することはできない。

他方、被告側の事情であるが、被告は本件建物を当初は被告の独身寮として所有使用する目的で本件土地を賃借使用していたものであるが、昭和五三年以降は他に独身寮が完成したことから本件建物は被告の部課長クラスの住宅の一つとして使用し、とりわけ本件土地は教育環境に恵まれていることから現在の居住者がその使用継続を望んでいるが、被告にとつては本件土地が環境の良い住宅地であることから原告らの承諾が得られれば本件建物所有の目的とは別途に将来賃貸マンション用地など一個の財産として新たに有効利用することもを考えているところである。

従つて、被告の本件土地使用目的は当初とは大きく変つて来たものといわざるをえない。

以上、原告ら及び被告の双方の本件建物使用に関する諸事情を考察してきたが、更新拒絶にあたつての正当事由存否の判断基準は、結局のところ、貸地人と借地人の両者の必要事情を比較衡量していずれの使用必要事情を是認するのが相当かを決すべきであるから、原告らの右事情のみではあるいは被告の右事情と比較衡量(原告ら及び被告のいずれもが本件土地使用を必要・不可欠とするような事情までは窺えない)しても、原告らに直ちに正当事由が存在するとまではいえず、従つて、主位的請求は理由がないものとして棄却を免れない。

しかしながら、原告らは、予備的請求として、本件第五回口頭弁論期日において正当事由を補完するために金七五〇万円の提供を申し出ており、このことに加えて更に両者の右事情を比較衡量すると、被告は当初は本件土地を独身寮用地として使用していたが現在ではその必要性はなくなつたので本件建物が朽廃した後は本件土地の有効利用を計るために賃貸用マンションを建築所有して使用することなどをも考えていることや、被告は一部上場の大企業であつて他に独身寮は建築済みのうえ部課長級の社宅にしても他に容易に確保し得る状況にあつて本件建物に固執する必要はないこと等からみて、被告が本件土地を必要とするのは、本件建物と所有使用するためというよりはむしろその賃借権自体を一つの財産権として本件土地を営業的に使用して収益をあげることを意図しているものといえる。

してみると、本件賃貸借契約においては原告ら主張の正当事由は結局金銭の提供により補完されうるものと解すべきであるから、原告らの提供した金七五〇万円の提供が原告らの正当事由を補完するに足りる金額の提供といえるか否かであるが、金七五〇万円という金額は、原告らが被告から受領した賃料総額にほぼ相当する金銭であり、これによつて被告は約三〇年間の長期にわたり本件土地を無償使用して来たともいえるのでその投下資本は十分に回収していること、さらに本件建物の残存耐用年数はあと数年であるから仮に本件賃貸借契約が更新されたとしても本件建物所有を目的とした本件借地権の存在期間は僅か数年間に留まつていること、本件土地の賃貸借契約はあくまでも本件建物を所有使用するためのものであり、期間、権利金とか敷金額(いずれも受領していない)もその契約目的を前提として定められたものであり、本件土地を長期間被告の営業目的のため、とりわけ賃貸用マンション経営等のために賃貸したのとは事情を異にすること、等を総合考慮するならば、原告らと被告間の前記諸事情に加えて原告らが金七五〇万円を提供すること(更新拒絶の異議の有効性即ち、正当事由の存否に関する争訟中に金銭提供を申し出たものであり、この申し出自体が正当事由の一事由として一体的に判断されるべきものと解するを相当とする)をもつて、原告ら主張の正当事由は補完されているものと解するのが相当である(乙第一二号証の賃借権の評価額も本件建物所有を目的とした残存賃借期間を考慮した価額とはいえないので同評価額を基準に金銭補完の有無を判断することは相当ではない)。

してみると、原告らの予備的請求は理由があるものといわざるをえない。

四原告らの損害金について

被告の本件賃貸借契約は、原告らの右更新拒絶の異議により昭和六〇年三月三一日の期間満了により終了したものと解すべきであり、また、<証拠>によると本件土地の賃料は年六七万三五一二円であることが認められる。

してみると、原告らは被告が本件賃貸借契約終了後の昭和六〇年四月一日以降も本件土地を占有することにより年六七万三五一二円の賃料相当の損害を蒙つているものといわざるをえない。

五結論

以上の次第で、原告らの主位的請求は理由がないものとしてこれを棄却し、予備的請求は理由があるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官小林一好)

別紙物件目録

(一) 神戸市東灘区魚崎北町二丁目四九一番の三

一、宅地 二六一平方メートル八三

(二) 右同所同番の八

一、宅地 一二七平方メートル五三

(三) 右(一)、(二)地上

家屋番号 同所八一八番

一、木造瓦葺二階建居宅

一階 一二一平方メートル九八

二階  三〇平方メートル七四

(付属建物)

一、木造瓦葺二階建倉庫

一階 一二平方メートル二三

二階 一二平方メートル二三

二、木造瓦葺平屋建物置

八平方メートル九二

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